偶然
中央区の午前。
友人の会社と同名の建物を前にして、携帯を取り出したぼくは、その友人に電話を掛ける。昼にはまだ少し早いが、その友人がこの時間帯休憩中であることを知っている。
その建物は会社名は同じでも、全然彼の勤める会社とは違うということが確認される。荒廃した建物であり、幹線沿いなのに、時代から置き忘れられたかのように駐車場の跡地を含めて、無残にそこにある土地である。ぼくは友人の言葉に少しほっとしてその建物を離れる。
会社に戻り、ちょっとした事務仕事をしてから、ぼくは出かける。
岩槻区の午後。
さびれた田舎の道路沿いに美味しい中華の定食屋があるので、そこでニラレバ炒め定食を食べる。やっぱり美味しいなと満足する。
新聞をあらかた読み終え、コップの水をゆっくり飲んでから、のそりと立ち上がり、勘定を済ませ、外に出る。
バスが通り過ぎる。あれ? 友人の会社の中型バスである。運転席を見る。件の友人が僕の顔を見て驚き、そして、バスごと彼はぼくの目の前を通り過ぎて、消え去っていった。
先ほどの電話の場所とは遠く離れた閑散とした土地の一本道で、たまたま昼食を終えて外に出たぼくの目の前を、先ほど電話で話した友人がハンドルを握るバスが通り過ぎたのだ。
これを偶然と言わずして、何と言おうか。
ちなみにぼくにとってはお荷物でしかない母の遺した家を、彼は手を入れながら無償で住んでくれている人である。
ほんとうに、何と言おうか、まあ……。