定年退職
ボスが定年退職となり、今日がその最後の一日だ。机の整理も終わり、引継ぎも終わり、会社の鍵、社用車の鍵、カード、タクシーチケット、社員証、名刺……とすべての公用のものを会社に返してゆく。
それでも最後の最後まで昨日までのように仕事を続ける。続けたい気持ちが痛いほどわかる。
定時の五分前に全員が机の前に揃う。花束。色紙。退職者の挨拶。緊張した時間が流れ、そして終わってゆく。
最後に夕食に出かけた。それとなく、みんなで繰り出して、簡単な食事をした。誰にもいつかは訪れる日を、後ろから眺める思い。
駐車場にて、出発する退職者の車を取り囲む。全員と握手も交わした。車が出発する。運転席側のサイドウィンドウがするすると下りる。彼の手が出てきて、それがはらはらと振られた。そして車はどことも知れない闇のほうに向けて走り去って行った。