シュンの日記なページ

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血塗られた軽井沢

 沈黙の森

 馳星周『沈黙の森』読了。
 馳星周は、ノワールの作家なのだけれど、ちゃんとmixiで犬の散歩風景を写真に撮って公開していたりする。彼の犬への愛情は昔からとっても強くて、もともと彼が影響を受けた作家の一人であるアンドリュー・ヴァクスは、そのシリーズ探偵バークが常にパンジィという大きく凶暴なイタリアン・マスチフと一緒にいるあたりも感性的にフィットしたんじゃないかと思われる。
 その後、犬を飼って、女性と同居して(結婚したというのかどうか、事実関係はその頃はよくわからなかったが)代々木公園に散歩に連れてゆく日常までは本人から聞いていた。但し散歩に連れてゆくのは犬だとは聴いていたけれど、女性も一緒に連れ出して幸せな夕暮れ時などを過ごして人生のあれこれを語り合ったりして愛情を深めていたのかどうかはよく知らない。ましてやそのときの女性が今結婚している相手だかどうだかも自信がない。もしかしたら書いてはまずかったことなのかもしれないけれど、ここは、ほとんどが知人にだけチェックされているささやかなサイトなので、あまり問題にはならないと思う。
 そんな犬への思いが溢れている軽井沢の森の風景を、とにかく馳星周mixiの写真ではよく見る。なので、本書が犬を連れた独り暮らしの主人公が軽井沢で別荘の管理人をやっているという物語の設定は、わからないでもなかった。
 但し、その主人公は元殺しの得意なヤクザだった、その上、ある組から五億円を奪って逃走した若い者が軽井沢に潜んでいるという。まあ、馳という緻密な作家にしては安直な設定の部類なのだが、それだけで750枚の原稿を活劇で埋め尽くしてしまったのがこの物語。B級香港映画が好きな馳の一面が思い切り発散されたバイオレンス・アクション小説だと言っていい。
 かつての体言止文体は伺えず、今では普通の文体でしっかりした文章を書くので、呼吸をしているかのような軽井沢の森の描写は、趣味の写真に劣らず熟達の域に達している。
 でも、待てよ、読むうちに主人公の田口が、東直己の主人公の一人である榊原のイメージと同化してゆくのだ。榊原は山中でアイヌ彫りを行う孤独な男だが、ひとたびギャングに愛する女性が拉致されたりすると、鬼と化して、町に下りてくる。誰も彼の殺意を止められない。その大暴れっぷりが女性が連れ去られる度に巻き起こるというそっくりな設定なので、東直己からクレームが来ないものかと心配になる。それでも同じ女性を何度も何度も監禁されたりするなよ、と思ってしまう。
(榊原のシリーズ作品は、『フリージア』『残光』『疾走』の三作、前の二つが押オススメで、三作目は読まなくてもよいかも)

 フリージア (ハルキ文庫) 残光 (ハルキ文庫) 

 東直己と違うのは、馳星周のほうがやりつくす、と言おうか。彼のワープロ辞書は、「やる」と入力すると「殺る」とか「姦る」に優先的に変換される、などというチャット時代の逸話を思い出してしまった。なので、拉致された女性は無事では済まず、誰も彼もが殺ったり姦られたりするのだった。軽井沢に別荘を建てて引っ越そうと思う(あるいは既に建てて老後の平和に思いを馳せている)知人友人には、是非、この物騒な軽井沢読本を呼んでもらいたいと思っている。物騒な別荘、な〜んちゃって。