シュンの日記なページ

当別町スウェーデンヒルズ移住者 ブックレビュー 悪性リンパ腫闘病中 当別オジサンバンドOJB&DUOユニットRIOのVocal&Guitarist ツアーコンダクター 写真 スキー 山 田舎暮らし 薪ストーブ

まとめてカルト

 馳星周『煉獄の使徒』読了。昨年の今頃出た小説を一年遅れで読んでいるのだが、とにかく紙数を費やしての分厚い、そう、無理に言うならカルト・ノワールとでも言いたくなるジャンル。
 最近熟成してきた馳の小説が、また昔に戻っちゃった感じだなあと、不思議に思っていたら、何だ2001年頃まで雑誌に連載されていた小説だっていうじゃないか。

 煉獄の使徒〈上〉 煉獄の使徒〈下〉

 では雑誌連載終了後8年も寝かしておいた作品っていうわけか。最近の出版業界のスピードを思えばとても特殊な事情があったのかなと想像を広げたくなるような時間差である。
 昨年の今頃は、カルト小説がまとめて出ている。別にカルトブームというわけじゃなかろうが、篠田節子『仮想儀礼』が久々の大作だが、書店でぱらぱらとやってみたらオウム後、ビジネスとして始めるカルト教団が徐々に逸脱してゆくような物語みたい。一方で村上春樹の『1Q84』もカルトを背景にした物語であるし、何より村上春樹は『アンダーグラウンド』というルポルタージュで、実際に地下鉄サリン事件の被害者から長大なインタビューを収集したその人である。
 そこへゆくと、村上の真摯さとは違う方向で、己の小説の切っ先をより現実の方向に近寄せてなおかつ尖らせようと試みたのがこの馳星周版カルト・ノワールなんだろうな。ジェイムズ・エルロイの『ホワイト・ジャズ』に被れた勢いで書いてしまった『不夜城』の流れそのままのエルロイ風体言止め文体は、今になってみれば馳のひと頃の過ぎ去ったブームを思わせて、やっぱり後戻り感を禁じ得ない。
 でも『不夜城』などでは文体の隙間に入り込んでいた叙情の余地すら感じさせないのが、地下鉄サリン事件というリアルで犠牲者の多かった事実をテーマにしているせいだとは思うが、馳星周がこの巨大な歴史的事実に背を向けようとせず真正面から向き合った真摯さは、並ではないと思う。
 これだけ長大な物語を、堕ちて行く男たちを主軸に描いてゆきながらも、オウムの一連の報道された出来事をすべてと言うほどには描き切れてはいないので、あの長かったオウム教団に関する報道のゆるい川の流れのような時間の流れに、馳の小説的特徴である疾走感はまるっきりフィットするわけではないのだ。そこを無理してまで、いわば馳節にもってゆき、最後は史実とは離れた展開でさらに毒性を増した世界空間を突き出してみせるところに、初期馳作品の虚無性ばかりが感じられる。
 でもこうして歴史的事実に向き合ったところから、沖縄の戦後を描いた『弥勒世』などの大作、『911倶楽部』などの、世界に向き合うような、大人の作品が出現するようになったのだろう、と考えれば、この『煉獄の使徒』はちょうど馳という作家の成長の過渡期に当たる重要な作品と言い切れなくもないのだろう。
 しかし、なぜ世の作家がまとめてカルトなんだろう、という謎は解けない。『1Q84』に刺激されて、寝かしていたのだがカルト題材だということで勢い出版されてしまったのだろうか。よくわからない。