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鉄砲玉に残された時間

純平、考え直せ

 奥田英朗純平、考え直せ』読了。
 庶民の視線で書く作家、奥田英朗。庶民というよりは、むしろ庶民という「普通」から落ち零れてしまったり、疎外されそうになったり、孤立してゆきそうになったりするピンチな人々を描くと、途端に活き活きしてくる作家、奥田英朗、と言うべきかな。
 『最悪』『無理』などはそれらの一つの頂点を極めたスラップスティックさで、独自な奥田ワールドを描いた傑作であると思う。
 一方でこの人が売り出したのは意外にも精神科医・伊良部シリーズだった。ぼくは、このシリーズはあまりにもコミカルで過激でけれんに満ちているのが過ぎるあまり、苦手なのだが、もう少しリアル路線である、他の作品などはやはり独自のストーリーテリングの才能に眼を瞠ってしまうのである。
 本書は、その意味では久々の快作である。
 純平は、歌舞伎町を根城にする下っ端ヤクザ。21歳という青春謳歌世代であるにも関わらず、人生にも自分にもすっぱり諦めを持ってしまっており、負け犬、他に取り柄がないからヤクザ、といった自虐節がすっかり身にこびりついてしまっている。
 とにかく夢もチボーもない、という古いギャグを言いたくなるくらいに昭和的古臭さを、埼玉県東松山市出身などという地名までをも自虐ネタにして(東松山はいいところだ、丸木美術館だって森林公園だってあるし、ぼくは少なくとも大好きだ)、歌舞伎町という狭い世界内で極めてスモールスケールに後ろめたく生きている。
 それこそ心配になるくらい後ろ向きの青春像なのである。
 そのどん底から純平を掬い上げるきっかけとなったのが、対抗する組幹部への殺しのプランである。そう、鉄砲玉となるべく親分から指令が下ったのだ。襲撃まで残された日は3日間。
 その3日間を改めて楽しむべく純平は街に繰り出すが、これが実に楽しい。純平の目論見とは別に、新たに出会ってしまう奇妙な道連れたち、新局面、別の価値観、あるいは友情、再会、今まで眼を瞑っていたけど、確かに存在したであろういろいろな大切なものごと、といったものが純平の心をこれでもかとばかりに揺するのである。
 燻っていた自分の人生がこんなにも豊かであったのかと気づいてゆくその仮定こそがこの小説の醍醐味である。どのページも純平の激しくなってゆく鼓動と、様々な人の温もりに満ちている。ブログでは純平の襲撃が取り沙汰され、無関係なオタクたちがネタとして騒ぎ出してゆく。21世紀のヤクザは大変だなあとつくづく思うと同時に、純平を応援したくなってくる。
 こんなエネルギッシュでハートウォーミングな世界を作り出してしまうのも、奥田魔術というべき著者の才能なのだろうな。一揆読み確実な、三日間を是非皆さんも味わってください。