シュンの日記なページ

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さいたまダービーの真実

このタイトルの件、昨日は書く気も起こらなかったんだけれど、外野のブログに触発されて、現場ゴール裏にサポとして出向いて、あの敗戦を体感した人間として、これだけは書いておかねばとの責任を感じたので、本当はこの記憶をほじくるのさえいやなのだけれど、それがわからない人がいるということはそれ以上に許し難いことなので、書きます。
 レッズの試合を見ていて、これほど嫌なことはないのだけれど、昨日は大宮の選手の方が闘っていた。
 これに限らず、レッズを目の前にすると、特に埼スタでは、いつもより何倍も燃えるチームが多く、実によく闘ってくるのである。
 アウェイで勝てるのに、ホームでレッズが勝ちにくいのは、われわれサポの熱狂的応援と数的有利な環境に対し、敵チームは普段の何倍も闘志を燃やしてくるということ。湯浅さんがブログでなるほどなということを書いているけれど、大宮は最後の瞬間「まで」全力を尽くしているが、レッズの選手はゴールが入らないと天を仰いで止まっている。クロスを送った選手もその行方をみて止まっていて、最後までの可能性に賭けたムーブがない。
 実際にそうである。外したボールをゴール前で嘆いて膝まづいている選手がいるのだ。プレイ、続いているぞ、とぼくも叫んだが、そうなる気持ちは、テレビで試合以上にサポーターを観察しているあなたにわかるだろうか? ぼくらははっきり言ってサポーターまでを見る余裕はない。選手の動きを鼓舞する以外ないのである。
 だから戦略横パスででもない横パス、意味のないバックパスでかえってピンチを招いてしまう光景に対し、何やってんだよ! の怒りのセリフを投げてしまうのは当然のことなのである。だけど次の瞬間には両手を差し伸べて、声を涸らして応援しているのも真実なのである。全身全霊を込めて勝利を願い、声援を送る行為の方に、文句をぶつけるよりも絶対的に多くの時間を費やしているのである。
 そういう一瞬一瞬を体としてぼくは覚えている。それがゴール裏のサポの極めてナチュラルで、しかも必死の応援の真実だと思う。
 昨日はレッズの選手よりも、大宮の選手の闘う姿勢のほうがよほど目立っていたのも真実。
 特に前半は、バックでボールを回す余裕がないくらい前線からラファエルらにプレスをかけられ、ああ、これはダービーだ、と感じさせられたものだ。だからそのレベルに達しない闘志しか持ち得ないレッズは、ダービーは無惨な記録ばかりが残るんである。
 レッズの選手はボールを保持できているがゆえに、全力を尽くす必要がないとでも思っているんじゃないか、とすら見えるのだ。特に自分で責任を取ろうと思う前に、チームプレイを念頭に置く選手が多すぎる。特にセルと原口。二人とも何のための交替選手だかわからなかった。これなら鈴木啓太山田暢久細貝萌の方がよほど闘ってくれるだろうな。
 そういう選手に監督が委ねられず、相変わらず学校の先生みたいに若手を使えばいいと思っている監督の神経が、サポの気分にはあまりにフィットしないのである。
 ここは戦場だ。
 そういう気概を感じられないのである。
 ギドはフィンケを推奨しなかった。テクニカルアドバイザーである自分に何の相談もなくフィンケを監督に決めたのなら自分は契約を更新しない、と言ってわざわざ日本の地を踏んだのに帰国してしまった。
 レッズはギドを失ったのである。
 それだけの犠牲を払ったのである。
 ということはサポならばその犠牲の重さを感じているはず。だからこそのこの日の選手たちの自信なさげな甘ったるいプレイに怒りを覚えるのである。
 また、これは何度でも言いたいが、ゴール裏に来ない人間にゴール裏のサポの叫びを、批判する資格はない。自分もアウェイの地にずっといて、なかなか来られなかったからこそ、それが言いたい。ゴール裏で体感して物を言うのがサポとしての最低の礼儀ではないのか。ここに来いよ、と言いたい。
 少なくとも喉を痛くして、翌日疲労で一日具合が悪くなるくらいに精魂込めた応援をしている身にとっては、外野サポの糾弾はサポに向けてほしくない。ともにレッズのことを心配し、ネットで何か語るなら、サポのことではなく、レッズそのものについて議論を尽くして頂きたいと思う。
 サポ同士の争いは不毛なので、ぼくは浦議は見ない。でも仲間の一人がそんなことを言うのなら、ぼくは口を閉じてはいないので、堂々と面と向ってレッズのことを話しましょう。
 そのためには、ここに来てくれ。あるいは札幌ででも話しましょう。