冬の散歩道
サイモン&ガーファンクルはニューヨーカーだから、冬の散歩道は、札幌みたいに雪景色のなかだったに違いない。
さいたまでの冬の散歩道は、冷たい北風になぶられる雪のない乾いたものだった。
生活初日に借りた毛布の一部を抱えて、妻の実家に向って歩いた。車で行っても駐める場所がないし、自転車では毛布を抱えることができないから、歩くしかない。
昨夜、鍋に呼んでもらった友人の家のすぐ近くを通って、10分くらいで辿り着く。自転車で移動する距離もでもないか、と改めてこの辺りの家の密集度と狭いが複雑に込み入った作りに驚いてしまう。
妻の両親と午後の小一時間を語らい、状況報告、挨拶といったものを交わしてから、今度は少し車の多い通りから歩いて帰った。帰りにはお土産にもらったエビスビールを数本袋に入れて。毛布よりはずっと歩きやすい。やっぱり10分の距離だった。
散歩というには短すぎるかもしれない。でも、札幌では散歩すらしなかった。雪道を軽装で長くは歩けなかった。自転車や徒歩でこうしてこの辺りを休日には歩くことになるのだろうか。
今日初めて、近所のスーパーに食糧を買出しに出かけた。これは米や野菜など重たいものを運ぶので車で。客もレジのおばさんたちも高齢化気味の、少し古い町のなかのスーパーって印象だが、食糧は安かった。今日は一日、自炊。これから外食は避けよう。いくらあっても生活費が足りなくなるから、だ。
夜には映画『ゆれる』を見た。兄弟と女の三角関係に絡む殺人、しかも兄役が香川照之となると、どうしてもドラマWの『心の砕ける音』(トマス・H・クック原作)と、かぶってしまう。匂いも雰囲気も似たところがあった。悪くない映画だとは思うが、あまりに地味な題材なので難しい映像化処理だったと思う。