シュンの日記なページ

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父の命日に

 秋田に7時半着港。何となく見覚えのある道路を走り、秋田北ICを目指す。案の定仕事で訪れたことのある会社関連施設の横を通り過ぎた。田んぼにちらほら見える石油採掘機を両側に見ながら、秋田道を南下する。やがて道路は東に進路を変え、北上で東北道に合流する。途中、湯田という見慣れぬICで料金所を出たのは、ETCカードの通勤割引目当てである。
 一関を過ぎる頃からバケツを引っ繰り返したような大雨となった。築館ICで下りると、義理の従妹の運転で、義理の叔父義理の叔母が待機してくれていた(再婚相手の家族なのですべて「義理の」が付いてしまう)。彼らの案内で、父の墓へ辿り着く。ちょうど雨が上がり、地震の影響から立ち直った墓へ線香をあげた。
 その後、義母の家にて、夕方まで寿司を突きながら酒宴となる。最後の日に寿司を食って死んだ父への手向けだ。本当は土用丑の日でもあり、鰻でもいいのだが、などという会話になる。
 日本酒やバーボンを昼間から口にしてしまったので、夕方、親戚一同が帰った後、畳の上に転がって寝入ってしまった。冷房無しでも、縁側から通ってゆく風が心地よく、蜩(ひぐらし)の声が一種の寂寥を伴って鳴り続けるために、時代を超えた大昔のひとときのような昼寝を体いっぱいで味わうことになってしまった。
 夜、置き出してから残り物を突くが、アルコールは最早入ってこない。地震のときの話、父の思い出話を沢山聞かされた。
 義母が一ヶ月入院した時、台所に立つことさえなかった父が毎日握り飯を作って病院に持ってきてくれたそうである。その話をするときの義母は、目は真っ赤にさせ涙を浮かべていた。いい人のもとで死ねた親父は幸福だったと思う。