シュンの日記なページ

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プラネット・テラー

 『グラインド・ハウス』ボックス・セットの構成が(買ったくせに)イマイチよくわかっていなかったのだが、要するに日本での劇場公開用映画作品としては『グラインド・ハウス』であり、二本の映画の60分短縮バージョン、プラスフェイク予告編が何本か付いたものということであるのか。
 オリジナルの二作品はUSAバージョンとなっているので、あちらでは一作ずつの作品として上映していたのかな。よくわからないけれど。
 メイキングを見るとタランティーノとロドリゲスの二監督ともに確信の下に、『グラインド・ハウス』二本立て上映版を編集したような口ぶりになっているのだが、実際にはニ作品とも60分どころか普通の長さの映画作品である。
 タランティーノがフィルムで製作することにこだわる一方、ロドリゲスはデジタル・カメラで撮影し、特殊効果を駆使する。二つの作品は二人の監督の対照的なスタンスを露わにしている。『デス・プルーフ』はCGや特殊効果の時代には最早博物館入りしそうな立場であるスタントマンという職業にこだわった映画だが、『プラネット・テラー』はまさに特殊効果無しには演じることのできない片足マシンガン美女対ゾンビたちの死闘なのだから。

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 グラインドハウスにかかる映画は無名俳優たちを起用した安物映画だったそうだが、その代わり観客をひきつける要素として、考えにくいくらいに過激な作品が多かったのだそうである。だからか、と納得しなければ、これほど過激でいいのか? と言いたいほどのロドリゲス作品ではあった。
 エロ・グロ・ナンセンスという言葉が似合いそうなほど、馬鹿馬鹿しく、過激で、ただただ面白く、笑えて、しかも気持ちが悪い。画面は、フィルムの傷や、レンズの熱で、焼けて融けて行く様子などの再現とともに意図的に汚している。フィルムがこうして駄目になる現象は、ぼくも何度か体験している。特にレンズの熱で焼き切れて、映写技師が苦労した挙句、シーンが飛ばされて上映開始されるなんていうことも(しっかりと『プラネット・テラー』でもそれが再現されており、しかも笑える)、よくあったのだ。ぼくは二本立てどころか三本立て映画館によく通っていたから。
 それにしてもヒロイン二人の魅力は並じゃないな。『デス・プルーフ』のガールズ・パワーも大変魅力的だったから、いずれにせよ『グラインド・ハウス』二本立ては女性陣に圧倒的に分があるのだ。
 ある時代の映画館という文化を現代のシネコンに残そうという試みが、とにかく素晴らしい。
 ジョー・R・ランズデールの『ダークライン』(ドライブイン・シアターを経営する父を子供の視点から捉えたノスタルジックなホラー小説)など、ちょいと思い出してしまった。

 ダークライン (Hayakawa novels)