シュンの日記なページ

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音楽の蘇生

 札幌では季節の変わり目には、寒暖の差が実に激しい。そのせいか、9月以来、ぼくは風邪をこじらせている。9月にあった二つの3連休とこの3連休と、ほとんどを家から出ずに過ごしていることになる。本来はこの三つの連休、いろいろなところに秋を見つけにドライブに出て、道の駅スタンプラリーの完全制覇を10月中に成し遂げようなどと目論んでいたのに、体調悪化のせいですっかり台無しだ。

 この3連休、一日目は、故・鈴木一記との十代最後のライブのカセットテープから、劣化した音質をそのままに、PCに取り込む作業で費やした。先月入ったばかりのPCなので、なんらソフトが仕込まれていないから、音楽系ソフトをインストールするところから開始する。

 その後カセットデッキとPCとをケーブルで繋いで、セットアップを完了させるが、なかなかすんなりは行かない。

 3連休、二日目は、非常に具合が悪く午前中は床に伏せていたため、午後から起き出して、取り込んだ音をCDに焼いてゆく。これを、鈴木一記のCD製作者でとなるファンの青年に送ることになる。

 こういう作業を技術的に実施している間は良かったのだが、いざ音をチェックしようとして、亡き友の声や語りに耳を傾けていると、つい感情が込み上げてきてしまうのが、少々辛いところだ。

 彼がもしも今生きていたなら、あの才から言って、プロ・デビューを果たしていたことだろうと思う。今でさえ若いファンが彼を発見して執拗に追跡したがるくらいだ。ある意味でのカリスマが感じられた。楽曲も今改めて耳にして、個性とセンスの豊かさを再確認することができる。

 また彼が生きていたなら、その後も何度でも、ぼくは一緒にステージに上がりたかった。今、30年というときを経過した今こそ、あの頃から積み重ねてきた人生経験のあれこれや、楽器練習の蓄積を、二人でじっくりと合わせてみることができたであろうに。

 それができないなら、せめて、一記の歌を今世に出そうとしている青年に協力もしたいし、自分なりに彼の歌を再び演奏してWEBサイトで発表してゆくことなども考えようかと思う。自分も彼に触発されてオリジナルを作ろうかと思っている。ちなみに今日もギターを爪弾いて、新しい曲のアイディアをひねっていた。30年ぶりにオリジナル曲を作ることも何とかできるのではないかと思う。

 しかし、今の環境ではPCを駆使してのアレンジ、音のミキシングをすることは物理的にできない。録音機器がWin98仕様のものだから、今のOSに対応していないのだ。そのあたりの買い替えあたりから取りかかる必要がある。当面、ゆっくり進めてゆくしかないだろう。

 それでも50代を前に、今この時になって音楽を、しかもオリジナルを中心に再開してみるのもいいか、などと思っている自分を、街のストリートミュージシャンたちが知ったら、一体どんな風に思うのだろうか? 笑われるのだろうか? それとも少しでも興味を持ってもらえるのだろうか?