シュンの日記なページ

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地獄の隣、みたいな場所

 ▼息子と車に乗って東北道を北上し、宮城・岩手・山形・秋田の県境、みたいな辺鄙な場所へ向かう。ヘルパーの妻は、ヘルパーの仕事に追われ、本日羽田空港を目指す。それに比べれば、永い運転と、田舎道への遡行の旅は、言わば贅沢というものだ。
 ▼83歳の父は、再婚相手とともに田舎での最後の日々を送っている。彼が日々手を入れている廃屋は、三年目にして随分綺麗になったように見える。一日の労働時間は一時間程度ながら、三年も手を入れていれば、そこにはある意味立派なエネルギーの結晶のような何かが宿る。
 ▼鬼首温泉にまっすぐに向かう道は、絶対に車とすれ違うことのできない狭い山道の登りだった。不意に地獄谷に行き着く。硫黄の臭いと、緑の山間にベージュの刷毛を一閃したような異様な光景。その先に温泉はあった。とろりとした湯を手にすくい、赤ん坊の頃の息子の記憶を甦らせるべく努力したが、さすがに息子のこの場所への記憶は消えている。まだろくに歩けず、雪の中で笑いながら転げまわっていた小さな息子の姿は、親だけの記憶である。
 ▼夕刻の間欠泉は、本日の営業を終わっていた。正確に言えば、」間欠泉が終わっていたのではなく、間欠泉の門番みたいな入場口が閉ざされ、誰もいない状態になっていた。だけど目当ての温泉卵は、山麓の土産物屋で買うことができた。囲炉裏の周りに店の一家が屯しており、串に刺されたヤマベが香ばしい。若く綺麗なオカミが卵を渡してくれ、去ろうとする車窓からふと横を見ると、木の根株に立つ3歳くらいの少女が「どうもー!」と叫んではしゃいでいた。「どうも」はないよな、と思いながら、バイバイと微笑み返して、最大限の別れを惜しんだ。店の中の一家がどっと噴き出した。
 ▼兵隊にゆき、シベリアに抑留された、大正生まれの父は、介護保険の世話になんてならないと豪語した。それどころか、人の世話になんてなるものか、と。彼はこの古い家で死ぬつもりであるように見えた。病院ではなく、この終の棲家として選択した、四つの県境の山村、地獄の隣近所、みたいな場所で。