シュンの日記なページ

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またまた道路の話

 本州に住んでいたら、道路の話なんてしないだろうな、たぶん。
 北海道では道路は、とても意味のある存在だ。かつて沢山あった鉄路が、ぼくの知っている間だけでもどんどん廃線となり、道路は余計に意味を持ってきた。北海道には公共交通機関なんて、あってなきが如しだ。今年はふるさと銀河線廃線になり、バス路線となる。かつてJRが通っていたのを、廃線になるからと言って、第三セクターで無理やり運営を続けたのが、もう20年近く前のことだったろう。存続、できなかった。
 先日、道北の紀行シリーズを、サイトにアップロードした折り、廃線のサイトを沢山調べた。一度その路線に乗ったというだけの旅人ですら、これほど思いを残す鉄路だ。沿線の住民だった人々にとっては、さぞかし懐かしいことだろう。その鉄路を辿って登校する高校生の、互いに焦がれ合った男女、なんてイメージを思い浮かべるだけで、何だか泣けてきそうだ。『昨日、悲別で』の世界だ。ちなみに悲別(かなしべつ)という駅はありません。本当にあるのは中標津(なかしべつ)。
 そう言えば、浦河のサチコは、室蘭の彼氏に会うために単線の一両編成の汽車(北海道では電車とは言わず、いまだになんでも汽車と言うのである。電車とは、強いて言えば、路面電車のことを言うかな)に乗って、片道半日くらいかかりそうな時間をかけて、デートに出かけたそうである。そのサチコという二十歳の娘は、ぼくの前の仕事の災害訓練に参加した看護学生の一人だった。北海道に住む、ということは、そういう思いの強さをも意味する。TV『北の国から』で、富良野を通り過ぎ、帯広の彼氏に会いにゆく蛍の姿は、北海道の過疎路線の上では、決して嘘なんかじゃないのだ。
 さて、道路の話だった。踏切で、どうしても停まれない。交差点でも、停まれない。停車が義務づけられている停止点は、どこもタイヤにこすられてつるつるに凍りついている。だから滑る。踏切で一時停止する車なんて、ただの馬鹿だ。車が横を向いちまう。第一、電車なんてちっとも通らないではないか。吹雪になるたびに視界がなくなり、運行停止となる電車なんて。
 そう言えば、北海道にはストレートな道路が多い。夏には、何もここまでまっすぐではなくても、と思ってしまうのだが、冬には痛切に思う。これだけ凍てついた道路。ストレートであることが、いかに事故を防いでくれるだろうか。しみじみ、そう思う。ハンドルを少し切っただけでつるりと滑るのが、冬の夜の凍った路面、ブラックアイスバーンなのである。
 北海道では、道路は、生活や生命にまさに直結している生きた存在だ。
 サチコが室蘭へ半日かけて乗ってゆく鉄路の横を、道路はひたすら太平洋の海の輝きを横に見ながら、苫小牧へと北上してゆく。まっすぐに、ひたすらまっすぐに。
 ちなみにサチコはもう看護学校を卒業しているはずである。今ごろどこかで看護師の仕事に着いているだろうか。