明るさは滅びの姿
シートにずっと座っている。最初は吊り皮に掴まって出発を待つ乗客も多かった。でも徐々に人は車輌から外に出て行った。いっぱいだったプラットフォームからも人は、階段の方に、トイレの方に、改札の外に、出て行ったらしい。
散らばった人と、待っている人がいる。どうにもならない朝の通勤地帯。首都圏のJRはほとんどが台風の影響で止まってしまった。都市がいったんすべての活動をやめてしまったような不思議な時間。
ぼくはシートに座って高村薫の本を読み続けるが、少し風邪っぽい体が睡眠を要求する。そうやって二時間近くを過ごす。
でもやがて諦めたかのようなアナウンスが流れた。午前中いっぱいは運休と決まりました、だと。
仕方ない。乗客たちが動き出す。ぼくも改札を出て歩き出す。トイレの行列を見ただけでうんざりして、コンビニのトイレを使うことにした。
幹線道路まで歩く。タクシー乗り場に並ぶ気にもなれなかったからだ。あれでは電車の運転再開を待った方がきっと早い。
流しのタクシーを拾い、東川口へ。ここから埼玉高速鉄道乗り入れ南北線で溜池山王へ。それ以上は行けず、折返し運転になっていた。すごいな、今朝の東京は。台風が駄目にした東京。
空はずっと青く、爽やかで軽やかな空気が肌に心地よい。とてもパニック状態にあるとは思えない。
……明るさは滅びの姿なのだ。暗いうちは人も家も滅びぬ。
正確ではないかもしれないが、きっと太宰治『右大臣実朝』のセリフだと思う。高校時代くらいに読んだ本だろう。ろくでもないことばかり、今も覚えている。いや、妙な雰囲気の東京、からっと不思議な青空がそういうパラグラフを思い出させる。不思議なことに。