さいたまへ
さすがに二時間半睡眠はこたえる。
急に、そう、あまりにも突然なんだが、さいたま市に引越しをすることになった。単身赴任という奴なので、さいたま市に住んだとしても、それは仮の住まい、札幌の我が家には、一人の心配な受験生と家を空けてばかりいる配偶者を残して……。
いずれはそうなるよなとの覚悟はできていたが、計算よりは二年ばかり早かったような気がする。
でも認知症がどんどん進行している母親の面倒も見なけりゃならないし、荒れ放題であろう実家の後始末もしなけりゃならない。それを考えるとさいたま市に単身引っ越してゆくということは、ある意味いいタイミングであったのかもしれない。
通勤時間が長くなるために、今よりも早起きしなきゃならないのが辛い。帰りも遅くなったり、酒を呑んで帰ったりするようになるのだろうから、プライベートの時間が少なくなるだろう。
でも週末にはレッズを見ることができる。もともとの友達がいっぱいいる街に戻ってゆくというだけの話だ。
怖いのは、地震だ。いつ起きても不思議じゃないとなると、東京で働くのは命がけじゃないか。いや、札幌も活断層だらけだ。どちらも同じなのだ。
バス路線はどうなっているのだろう。自転車を活用しようか。でも夏は暑いんだろうな。長らくご無沙汰しているゴキブリなんかもいるんだろうな。車は渋滞するんだろうな。温泉もゴルフ場もスキー場も全部全部遠いはるかなところにまで車を飛ばしてゆかないと辿り着けないのだろうなあ。
富士山や筑波山が見えてしまう真平らな土地という印象のわがふるさと、さいたま。
手稲山やニセコの羊蹄山や蝦夷駒ヶ岳の写真を毎週のようにアップしてきたけれど、こういう恵まれた環境下での仕事には当分お別れを告げなきゃいけない。美しい景色たち。胸のすくような距離を感じさせてくれるのびのびとした地平線。強くかぐろい光。心が張り詰めるような寒さ。輝く雪面。透明な大気。やはり、ぼくは自然が大好きなのである。
転勤を命じられても往生際悪く、都会よりも自然に一歩でも近づこうと、東京都区内ではなく、敢えてさいたまに住みたがる。土の匂いと緑の木立と蝉の声かまびすしい大して綺麗でもないが、最小限の自然がそのまま放置されているようなさいたまに。懐かしの見沼田んぼ界隈に。本当は以前住んでいた北埼玉のほうにまで引っ込みたいのだが、通勤がさらに不便になる。冬には白い尾瀬の山が見えたっけ。もちろん富士も筑波も。
昔の仲間たちよ。2月から再び逢おう。北海道では食えなかったタンメンやホワイト餃子を食べてやる。浦和名物のうなぎを食べてやる。あ、いつもゆくのは蓮田の魚庄だったっけな。山田うどんで庶民の昼飯を食べてやる。デニーズへようこそという画一的なウェイトレスの挨拶を正面から受けてやろうじゃないか。その代わり、居酒屋に入っても、白く濁った鮮度の悪い烏賊や、からからに乾ききったミイラのようなホッケには絶対に箸をつけないぞ、絶対に。
……。
……。
ふぅっ。