シュンの日記なページ

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『雪に願うこと』

 鳴海章『輓馬』を根岸吉太郎が映画化した作品。

 北海道に住みながら、ばんえい競馬を一度も見に行ったことのないぼくら親子が、サッポロ・ファクトリーに重い足を運んだ。札幌移住以来10年。全く一度も劇場に足を運ばず、その間映画といえばDVDだけで済ませていた体たらく。かつて平日夜の映画館通いや週末のオールナイトは日常茶飯、年間200本は劇場で映画鑑賞と洒落込んでいた自分は一体何だったのか? との疑問に溢れ返る爛れ切った日常に、帯広市内の、とある取引先がくれた二枚のタダ券が、ついに楔を打ち込んだわけだ。

 この春に中学一年になった息子と二人、230席中、見た目40歳以上ばかり20人ほどの観客でスカスカなGWのシネコン、劇場ならではの味わい深い映画を見てしまった。

 派手なクライマックスも、強烈な面白さも、特にない。敢えて言えば反CG派であれば、どうだ? と言わんばかりのロケで切り出した冬の北海道、そして馬たちの白い湯気にまみれた映像の数々。

 この映画を作るものは、ロケの確かさと役者たちの演技力、それ以外の何ものでもない。主役は馬であり、北海道の冬である。渋すぎる原作の空気をいささかも失わず、地味なストーリーを緻密に走らせる中で、小泉今日子の演技の深みに魅せられた。吹石一恵という若手女優のストレートな演技も、雪の大地に似合っている。もちろん、主演男優賞をかっさらっら佐藤浩一、監督賞を獲得した根岸演出、すべてにおいて玄人受けしそうな映画作りの味がある。

 これは後からしみじみその魅力が沁み出てくるタイプの作品である。忘れ難いシーンが連続する。号泣する感動も、熱くなるクライマックスもない代わりに、リアリティの重みがずしりとくる。まるでハードボイルドの世界そのものである。非情なる経済システムと、馬の吐く息の白さと雪の大地に生きる地方の論理が、がっぷりと噛み合った世界における、人間たちの選択肢であり、金でも恋でもなく、ひたすら逃げないことの誠実さだけを求めてゆく、ぎこちなくも、美しい映画なのである。