『ファーゴ』

　ヒロインの女警察署長役、フランシス・マグドーマンドは、実年齢がことのとき39歳。コーエン兄弟がインディーズでデビューした映画『ブラッドシンプル』でヒロイン役をつとめた時は、27歳。若くて色気のある美貌のヒロインだった彼女。『ミシシッピ・バーニング』でもキーとなる女を演じてアカデミー助演女優賞を獲得しているが、そのときも陰のある魅力的な個性をかもし出していた。存在感のある女優である。
　その彼女がまるでコメディアンのように、しかも妊娠８ヶ月の膨らんだお腹を重そうに持ち上げて、昼食にこれでもかというほどのカロリーを摂取して、はげた夫に甘えている。一方で彼女はとても腕のよさそうな町の警察署長でもある。ユーモラスで、どちらかと言えば不細工に見えるほどだが、他に彼女ほど整った顔立ちの女性は、この映画に一人として出てこないから、彼女がとても美形であるように見えてくる。不思議な映画だ。
　これは実際に起こった事件を忠実に描写したという犯罪映画であるが、当初の小さな犯罪が、偶然が積み重なることによって、静かな雪の地方都市を、死体だらけの騒然とした時空に変える。皮肉と狂気と破滅への避けられない展開が、見る側に自然に読めてしまうし、同情や共感を感じたくなる人間があまり出てこない。
　客観的な立場の観客は、ヒロインに共鳴する。なぜならば、彼女は女警察署長として仕事を仕事としてさりげなく全うし、事件を客観的に、クールに見つめ、犯人を効率的に追い詰めてゆく。それでいながら、事件の後遺症を何も残さずに愛するダーリンの待つベッドに普通に帰ってゆくのだ。大きくなった腹を撫でながら。精神を病んだらしい旧友にも優しく、健康的に食生活を楽しむために、美味しい店の情報をきちんと獲得しながら。このたくましさ、タフさこそ、『ブラッドシンプル』の美貌のヒロインのもう一つの姿だ。
　欲望に狂った悪どい男たちがすべて敗者の側にまわり、生活観にまみれた一人の女だけが一人勝ちする映画、という点で、『ブラッドシンプル』と『ファーゴ』というコーエン兄弟のシンボリックな二つの作品は、１２年のときを越えて共鳴し合うのだった。