シュンの日記なページ

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余震のまっただなか

 今日は小さい子が埋もれた車の下から救出された一部始終がTVで放映されて国民がそれを見守るという奇跡の日であった。だが母親は車の中で亡くなっていたし、もう一人の小さな子は足だけがかろうじて見えており動いていないという。
 会社では北越支店に連絡し、マットレスを寄贈してゆくことを提案したが、やはり北越では日本赤十字社などに話を持ちかけてみているそうだ。会社としても古いマットレスを寄付することを承認しているということで、ぼくとしては少しほっとする。
 しかしまだ現場ではやはりまだ受け入れ態勢にはなく、寄付してくれるのであれば現場に持っていってくれ、という対応であったらしい。現場に持ってゆくとなると会社としてはこれは危険もあり、おいそれとできるものではない、ということであるらしい。
 前職時代は、阪神淡路大震災のときには社員が個人行動でライトバンに救急医療資機材をいっぱいに積んでとにかく飛んでしまった。後にこれが個人の独断専行と咎められることはもちろんなく、むしろ会社としてのステータスとして日赤や自衛隊に認められる行動となった。
 被災地に混沌が現出したとすれば、そこに会社としてではなく、ある意味個人の責任を背負った上で(例えばクビになることを覚悟の上で)被災地に救援物資を運び込んでしまうという行動を個人は選択することができるのではないだろうか。なかなか難しいことではあるかもしれないけれど、時にはそうした行動が企業を成長させる機会になることだってありうる。社会的責任ということは、こういう機会にけっこう問われる問題であるのだ。
 というわけで今現在物資が運べなくても、今後仮設住宅などが作られてゆき、避難生活が長引く中でマットレスや車椅子の需要は出てくるのではないかと思われ、そこに会社として参加してゆく行動だけは継続してゆこうということで、北越と同調することだけはできた。