シュンの日記なページ

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厚労省の挽歌

 イノセント・ゲリラの祝祭 イノセント・ゲリラの祝祭 (上) (宝島社文庫 C か 1-7)イノセント・ゲリラの祝祭 (下) (宝島社文庫 C か 1-8)

 海堂尊『イノセントゲリラの祝祭』読了。東城大を越えて、厚生労働省に舞台を移し、いつの間にかスケールの大きな医療小説になってきた。『極北クレイマー』とは完全に順序を逆にして読んでしまったが、やはり先にこちらを読んで『極北』だろうなあ。こんなに壮大な構想を『チーム・バチスタの栄光』からこっちまで考えていたわけではなかろうが、医療システムへの独自の世界観を持っている作者が、小説という形で、厚生労働省がアリバイ稼ぎのようにやっているパブリック・コメントなどよりもよほどパブリックな影響を与えられると決断して、娯楽小説という大海へ漕ぎ出したのだということがよくわかる。
 それほど小説の背後に大志を抱えているために、本来の小説の醍醐味以上に主張が激しくなってきているきらいはあるかもしれない。しかしここで厚生労働省の官僚たち、国家公務員の独自な暗黒世界にメスを入れる海堂尊の切り口は、ベテラン外科ドクターのように鮮やかだ。しっかりした医療への問題意識をユーモラスな人物配置と人を食ったような淡々たる文体とで笑い飛ばし、その向うから鋭い視線で睨み倒すというこの空気は、従来の医療ミステリーには全然見られなかったもののように思える。叙情に流れることの多い小説家の手が、未だ医療を本職にしながら、現実世界にしっかりと楔を打ち込んでゆく痛快こそが本シリーズの人気の秘密なのだろうと思う。
 ましてや、政権交代による予算の仕分けでかなりいろいろな部分が白昼の元に曝され始めている現在、その仕分けで明らかになる国家公務員や厚生労働省のウチワだけの論理のようなものが、この小説世界にびしびしと響き合う。現実的にどんな表情をしているのか、と同時代的に見れば顔の見える小説と言ってしまえるだろうか。
 昨年出版された小説であるけれども、政権交代の現在に手に取るとより活き活きしてくるものがあると思う。『極北』との読む順序はあながち間違っていなかったのかもしれない、とぼくのなかの読書本能がほくそ笑んでいる気がする。