シュンの日記なページ

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ぼんやり

 いつも思うのだが正月元旦の過ごし方と言うのは難しいな。
 昨夜は深夜近くまで格闘技をずっと見ていたので読書の時間が真夜中にずれ込んだ。睡眠時間四時間ほどで、朝9時の起床。目覚まし時計はかけなかったけれど、9時に起きるつもりになれば体内時計が起こしてくれるみたいなのだ。会社に行く場合は体内時計だけでは信用できないので目覚まし時計をセットするけれども。
 まずは家族におめでとうを言って、おせちを突きながら餅が焼けるのを待つ。お屠蘇の代わりに好きな増毛の酒「国稀鬼ごろし」をきゅっと呑んで正月を祝う。屠蘇というのはそもそも大晦日の夜に薬膳とか漢方とかいった薬草類の混合物と酒とをつけ込んで翌朝に呑むものだそうだ。若い者から順番に同じ杯で呑むのが決まり。子供でも呑めるように屠蘇というような形に加工しておく。若い者のエキスを年齢の高い方が吸収し、長生きを祈るのだそうだ。以上は、晦日に飲み屋のカウンターで聴いた話。
 その後駅伝は見ないので温泉番組を眺めつつ、雑煮と磯辺餅を食べる。片手間に子供の遊び相手を勤めながら、本を読んだりTVを見たりする。11時頃におもむろに立ち上がって家族を連れて近所の神社に初詣に出かける。今年は少し参拝客が少なめに見えるけれど、時間帯がいつもより早かったかもしれない。
 午後は普通に本を読んだりPCをいじったりして過ごす。夜にはまたテレビの前でぐうたらする。 元旦には働くものではない、と親に教わったものだ。出かけたり、うろうろしてはいけない、とも。なのでまあぐうたら過ごすのだが、どうもぐうたらするのが苦手みたいなのだ、自分は。そのことに気づくと、せっかくの安息日であるぼくはシエスタも取れないばかりか、何か有効に使わねばという気持ちになる。よく世のお父さんたちが休みの日にやることがないなどと寂しいことを言うけれど、これは間違ってもぼくらの世代のセリフではなく、高度経済成長を支えたぼくらの父の世代の口調だ。
 ぼくは趣味が多過ぎるので、それをやりたくてうずうずするのだ。滅多なことではテレビなどに時間を費やさない。スポーツ番組の生中継やニュース番組ならOK。映画やドラマを目的を持ってみるときにはOK。しかし垂れ流し的にテレビを見るのは苦手で、例えばビジネスホテルなどでもテレビは基本的につけない。会社仲間などで温泉宿についた途端テレビのスイッチをひねる人がいるけれど、あれはいやだ。せっかくの静かな温泉地に着いたばかりで、なぜ俗世間の垢にまみれなければならないのかぼくにはわからない。キャンプ場でつけっぱなしにしているラジオという奴も大嫌いだ。
 少し話が逸れたけれど、なぜかいつもの土曜日日曜日の休日に比べて、落ち着かないのが元旦という日だ。親の教えによれば明日はもう出かけてもいいのだそうだ。年始の挨拶に出かけるひとだっているのだから。
 時代は変わった。街は元旦だって活気があるし、道路は車でいっぱいだ。
木の塀に囲まれた土の路地裏を歩いて辿っていた昭和30年代の東京。あの幼少期に教えられた親の言葉を、なぜ自分が、今の時代にまで気にかけてしまうのか、とても不思議だ。きっとそれが、親の教えの効能というものなのだろう。